2008 6 月

08/06/05木

6月4日 第46回真の万物の日 敬礼式

カテゴリー: 行事・イベント — admin @ 15:13:48

08060401.JPG6月4日朝5時より、岐阜教会に60名ほどの参加者が集う中、「第46回真の万物の日」敬礼式が行われました。まず教区長家庭の敬礼に続き祝福二世の敬礼、全体敬礼、その後教区長による祈祷と説教の順で進行。説教の要旨は以下の通り。
「「真の万物の日」は、最初は1963年陰暦6月6日であったが、翌年から陰暦5月1日となった。万物の創造は、神様にとってはそれ自体が目的ではなく、人間の喜びのためのもの。例えれば「おもちゃ」である。親である神様にとってはなんでもないが、子供である人間にとっては喜びの対象となる。また人間は、その万物世界からいろいろなことを学んで自分自身を完成させていく。しかし人間の堕落によって、万物は本然の主人の出現を待ち望んできた。そのため、まず本然の父母と子女が出現する必要があるゆえに、先に「父母の日」と「子女の日」を設定した。「真の」がついたのは1994年。神の創造理想は神様と人間と万物と天使世界が一つになって初めて実現される。復帰摂理において、堕落人間は直接神様に対することが出来ないので、仲保者として万物を先にたててきた。歴史的に旧約、新約、成約時代を通過してきたように、個人においても国家においてもそのような復帰の原理原則過程を経ていかなければならない。最近世界じゅうで天災、人災、物価の上昇などが起こっているが、これは本然の世界を求めて万物世界が訴えて悲鳴をあげているような状況であるといえる。万物を、真に為に生きるための存在として元に戻していかなければならない。母国日本こそ責任を果たして、世界に対して使命を果たして行きましょう。」
08060402.JPGこの日は特に、岐阜出身のアフリカ国家メシヤ家庭婦人と、アメリカ在住の米日祝福家庭も参加。より国際的な雰囲気であった。最後は、参加者の中で最も先輩家庭と、最近祝福を受けた最も後輩家庭と、二世代表が教区長を中心としてケーキカット。億万歳三唱のあと、皆でケーキやお供え物を食する時間を持った。

08/06/02月

5月25日 礼拝説教要旨

カテゴリー: 一般礼拝 — admin @ 19:19:38

神様がアダムとエバを創造されたとき、三大祝福を与えて下さるとともに、「取って食べるな」と言う責任分担を与えた。しかしそれを守らなかった結果としての姿が、人類歴史である。祝福は責任分担を全うしない限りは成就できない。神様は人間に祝福を与える条件として責任を与えたが、結果として取って食べてしまうことによって裸であるのが分かり、木の後ろに隠れてしまった。アダムはエバから誘惑されたという点では被害者であるが、しかし最初神様はアダムに対して質問した。なぜエバに最初に聞かなかったか? アダムは家庭においての責任者であったゆえである。アダムは「あの女がくれたので食べたのです」と答えたが、これは自分の責任を他に転嫁する答えであった。一つは神様に対する責任転嫁。「(神様が)私と一緒にして下さったあの女・・・」。もう一つは保護し完成させるべきであるエバに対する責任転嫁。本来アダムはどのような姿勢をとらなければならなかったか。「神様申し訳ありません。すべては私の責任です」と返事していたならば、復帰は簡単であった。そして次に神様がエバに対して質問すると、エバは「蛇が誘惑したので取って食べました」と。アダムとエバは互いに責任転嫁してしまい、その結果怨讐関係となった。時間が過ぎても消し去ることの出来ないのが復帰摂理。エデンの園の恨が今日の家庭の中での恨として今も繰り返し展開されている。偽りの愛・生命・血統として今日まで引き続いてきた。
父親には家庭を保護し成長させていかなければならない責任がある。幸福に養育する責任。妻は子供が父を尊敬できるように連結する責任がある。お父さんの位置はお母さんが作ってあげなければならない。夫は、妻がそのような心になるように守り愛し保護しなければならない。夫婦は絶対・唯一・不変・永遠の関係である。メシヤはエデンの園での責任不履行を元返して、ご自身の責任でないものまでもすべての責任を持ってこられたお方。
真のお父様の生涯は神様の恨を解いて差し上げるための歩み。2001年1月13日、歴史上初めて神様の恨を解き、2006年6月13日、歴史上初めて神様を地上に顕現させて差し上げた。そして人類解放の歩み。千年後の食糧問題までも解決するための歩み。真のお父様の摂理は、この地上にある物差しではとうてい測ることが出来ないゆえ、感謝して付き従っていくのみ。我々は成すべき責任が分からないゆえ、命令されることを感謝していくべき立場。
地上においては6度の獄中生活を越えながら霊界を開放。水上では船の上の刑務所生活。もっとも重要で大変な責任を果たすために、生死をかけて海に行かれ釣りをされながら精誠を立てられた。そして空の刑務所生活。何週間、何ヶ月も飛行機の中で地球上を飛び回られる。
今や解放釈放の道が現れた。清平摂理は真の御父母様の勝利圏がなければありえない。興進様と大母様が、真の御父母様の代わりに役事されている立場。暗闇は光が生じれば自然に消滅してしまうのと同じく、悪霊界は解放と共に消滅していく。
すべてを整理できる時代。これ以上いい時代がない。
私たちは周りが変わることを願うのではなく、他人に責任転嫁するのでなく、自らが責任を取って天の願いを成就していきましょう。

5月18日 礼拝

カテゴリー: 一般礼拝 — admin @ 15:59:35

我々は生活圏において病気事故などいろいろな試練苦痛を受けている。試練をただ起こっている現象だけのこととして捉えれば落ちてしまうゆえ、摂理的、み旨的に解釈しなければならない。不平不満を言う時、言わずに感謝するなら、天との情関係を結ぶようになる。復帰摂理と私たちの家庭の関係はどうであるのか。アダムはエデンの園で天使長の誘惑に落ちてしまったが、イエス様は降りかかる試練を、命を奪われるような時においても天の前にすべて感謝したゆえに、その心情を中心として霊的救いの道を開くことが出来た。
真の御父母様の生涯は、まさに摂理的。度重なる生死の岐路においてその背後に神様の摂理を見ながら、サタン世界から勝利を勝ち取って乗り越え、それによって新しい道が開かれたように、我々も背後の深い天の摂理的内容を理解して見ていかなければならない。
韓国の高麗人参の中でも山参が一番高価である。1千万円以上の値をつけるゆえ、金の何十倍の価格。普段人々が飲んでいる高麗人参と同じルーツであるが、山と畑という育ちの違いで値段も天地の差が開いている。畑の高麗人参は人間の手厚い保護の下、良い環境で育ってきた。しかし山参は自分自身で環境を乗り越えて勝ち取ってきた。私たちも、試練を避けるのではなく乗り越えて、深い神様との心情的因縁を結びながら歩んでいくことが価値があることではないか。
人間は生きていけば平準化されるようになる。人間40代になれば知識も平準化。あまり差がなくなる。知識より知恵で生活するようになり、50代になれば外形も平準化。ミスジャパンもそうでない人も大差がなくなる。60代には性の平準化。男性も女性も区別がなくなる。70代は健康の平準化。どこかが故障する。80代は貧富の差がなくなる。豊かでも使い道がないので関係なくなる。ハワイより近くの温泉がいい。ブランドのバッグより昔から使っているものがいい。90代になったら生死の区別もない。地上に生きてても死んでも区別がない。いるだけでありがたい。
しかし平準化されないものがある。それは霊界での生活基準だ。お腹にいる子供に対しては、地上が主体で対象がお腹の中。地上生活においてのみ必要な体を胎中において準備。それと同じく、地上生活においてはいかに愛の生活を通して霊界の生活を準備するかが問題である。ほとんどの人は、地上生活のための地上生活となっている。
天の夢はただ成就されるものではなく、同参者を多く作ってこそ成される。天からの使命である氏族メシヤとしての立場にもう一度帰っていかなければならない。死んだ人を生かす使命。一人ひとりが命を生かす尊い聖なる歩みをなす勇者となることをお願いします。

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