6月29日 礼拝

08/07/11金

6月29日 礼拝

カテゴリー: 一般礼拝 — admin @ 14:58:51

訓読のみ言:天聖経 「人間の生と霊魂の世界」編 第二章三節より
「霊界でも、善の霊人と悪の霊人が闘争しているのです。霊界にも闘争があるというのです。善霊は悪霊を先導して、良い所に行けないようにするのを遮ろうという闘いを続けています。サタンを中心として悪霊が連結しているのですが、その悪霊の統治圏内に今日地球の人間が生きているのです。なぜでしょうか。今まで逝った先祖は善霊でも悪霊でもすべて霊界に行っているために、その善霊も堕落した世界と区別されたという条件をこの地上で立てて善の方に立っているだけなのであって、神様が御覧になる時、完全な善の位置に立っていないというのです。
あの世に行けば人を殺した者、殺された者、もろもろの人が一箇所に集まっているので、そこでは刃物で相手を脅かしたり、復讐しようとすることも起こるのです。ですから、数多くの塀でふさがっているのです。それゆえに、悪霊が怨讐の子女を訪ねていって事故に遭わせて連れていったりするようなことが起こるのです。これをすべて解かなければなりません。これを解くためにはまず地上世界で解かなければなりません。解くにはもっと良いものを与えなければなりません。死ぬことよりもっと良いもの、怨讐関係になったことよりもっと良いものを与えなければ解くことができません。」

説教:「天側の義人」
(要旨)先週霊界を実感する出来事があった。一人の人に何人もの霊人が入って約10時間闘った。み言葉や理論は普段たくさん触れているが、霊界に対する体験は貴重である。その人が人生において大変だった一つ一つの出来事において、実は恨みを持った霊がそうしていたと明かした。と同時に愛をもって保護して今まで守ってきた内容も明かされた。霊は清平に行ってきたそうだ。そこはものすごく光が輝いていたと明かした。霊は何百年も待ってやっと自分の恨みを解決することが出来る時代を迎えた。真の御父母様の勝利圏のみが解放できるが、しかし真の御父母様以上恨みを持つことが出来る人がいなく、真の御父母様以上涙を流すことが出来る人がいない。それゆえすべての霊人は屈服せざるを得ない。その真の父母から祝福を受けた祝福中心家庭が我々である。
人間は生きている時と霊界に行ってから罪を犯す。しかし地上では肉身があるゆえ心の抑制が効くが、霊界では心があからさまになるゆえ、霊界に行ってから犯す罪のほうがもっと多いという。地上で起こる現象の95%は霊的なものが原因となっている。愛が原因となって家族が怨讐関係となってしまった場合など、家系を滅ぼしてしまうような出来事がたくさんある。
日本も金目当てに家族をも計画して殺すような倫理道徳が崩れている状態となっている。ソドムゴモラのようなこの国を救ってあげなければならない我々の立場。真の御父母様はもはや食口にではなく日本の国の霊界に向けて指示され語っておられる。この天の願いを間違いなく成就しなければならない。原理・責任・実績の上で自由が成されるが、この世で一番自由のない人は誰か。神様の前に約束された真の御父母様を解放するために、我々が実績を作って差し上げなければならない。
我々から良い意識、考えを持って生活していこう。ある大きな鷲の卵が巣から落ちでダチョウの巣に入った。やがてダチョウの赤ちゃんと共にその鷲の赤ちゃんも生まれた。ダチョウはとりあえず自分の子供のように愛して育てたら、子供もお母さんを習って育ってきた。やがて本当の鷲のお母さんが飛んできた。怖くて頭だけ地に隠すダチョウの子供と同じように鷲の子供もそのようにしようとしたら岩に頭が当たって、ふと空を見上げたら自分と同じような姿をした鳥が空を舞っていた。また泣き声も自分と同じようだと思ったとき、その瞬間胸がドキドキして鷲をまねるようにしたら、自分も飛べるかもしれないと思って明日らか羽を動かしながら練習をするようになった。徐々に飛ぶことが出来るようになった。結局自分が本当は鷲であることが分かって広い世界を知ること出来た。我々も堕落世界の習慣性に埋もれていくのではなく、神様の祝福を受けた天の代身者としての立場で、50年前生死をかけてこの国に宣教に来られた西川先生のように、希望を持って進んでいくことを決意いたしましょう。

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