10月26日 礼拝

08/11/06木

10月26日 礼拝

カテゴリー: 一般礼拝 — admin @ 15:26:09

■訓読のみ言
新しい出発をしなければなりません。新しい出発をするには、毎日のように新しいものを発見しなさいというのです。新しいものを発見する人は、絶対に落伍者になりません。難しい所にやられても、絶対に失望しません。かえって楽しみがわくのです。
霊界に行けば、誇るべきこととは何でしょうか。生命をどれほど生かしてやったかということです。これが誇りです。甲なら甲、乙なら乙、あるいは氏族を超越して、数多くの民族を立てた生命と関連させて、どれほど生かしてやったかということが財産です。財産はそれしかありません。
霊界には、ない物がないので懐かしい物はありませんが、最も懐かしいものがあるとするなら、真なる人です。それゆえ、真なる人を養育するために功を捧げたその功臣は、天上世界で当然、栄光の息子、娘になることができます。それゆえ、誇ることができるのは、それしかないのです。
( 天聖経(横)「地上生活と霊界」p.664より )

■説教 「永遠に失わない宝」
10月は解放の月。2日は日本統一教会創立記念日で、4日は西大門刑務所、そして14日は興南監獄の出監記念日である。今年は、12日からハワイで12日間の修練会を行った。ここ岐阜教会でも、真の御父母様の生涯を心情的に相続しようということで、特別精誠を立ててきた期間。
10月14日朝方、興南刑務所から出監してすぐに弟子たちを尋ね求められた。生死の狭間で生き残って開放された直後の状況で、どこに行かれたか。我々ならどこに行くだろうか。真のお父様は、肉親のところではなく、2年8ヶ月前に天を中心として関係を結んだ食口たちのもとへ行かれた。
体重が90キロほどもある朴正華氏を背負って南へ下っていかれた。膝まで水が浸かるような海岸で、4キロほども歩いた。やっと船着場に着いたが軍人や女性子供が先に乗るということで乗れず、再び4キロを帰ってきた。「ここでもし私が倒れたら全人類の復帰の道は塞がれてしまう」。冬の冷たい水で足の感覚も無くなってくる中で、自分よりはるかに重い人を抱えながらの歩みは、まさに人類救済の道のようだ。
亨進様は本部教会で、毎週世界の様々な宗教様式を取り入れた形での礼拝を行っている。最近もカトリック形式による礼拝があり、ミリンゴ主教による礼拝なども行なわれた。仏教、イスラム教など、今後さらに拡大しながら、未来に対する明確なビジョンをもって精力的に進んでいる。
大きな聖殿建設の使命を受け、当初迷いもあったが、今では本当に出来ると、実感できるくらいにまでなった。霊界に行かれた栄進様からの声や、夢で息子の信俊様が出てきて「復活論を教えてください!」と言ったり、日中も突然啓示のように「復活論!」と叫ぶ声が聞こえてきたりしてきた。過去すべての宗教人たちの霊は、この時代にすべて再臨復活してくる、という原理講論の内容に改めて触れて、本当に確信した。
アメリカ金融崩壊を基点として、全世界がどこに行くか分からない。ある経済評論化が、世界は完全に変わらなければならない、と言っている。まさに新しい新体制、それを全人類が迎えていかなければならないような状況となってきた。共産主義でも自由主義でもない、共生共栄共義社会を全世界が要求しているような状況となってきている。
真のお父様は、16歳のときに神様に出会った内容、そして興南刑務所を出て食口人類を尋ね求めてこられた心情、これが原点だ。我々にも永遠なる宝があるとするならば、死んだ人を生かすことだ。霊界において永遠に宝になるものである。このような真のお父様の精神を相続して同じ心情圏で歩んでいきましょう。

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