10月3日 「第21回天宙統一国開天日」 敬礼式
10月3日午前5時、岐阜統一教会聖殿に30人ほどの教会員が集う中、第21回天宙統一国開天日の敬礼式が行なわれた。以下、教区長の祈祷と説教要旨。
<祈祷>
この尊い日を迎えたことを感謝します。1988年韓国ソウルオリンピックの勝利の土台の上で、外的な統一を成し、内的な統一のため特別な精誠を立てられた真の御父母様でありました。そして全世界の祝福家庭が10月3日から1週間断食の精誠を立てた上で内的統一のための出発をした、20年前のこの尊い日であります。
真の御父母様の内的勝利が土台となって民主と共産が一体化され、その後20年間多くの苦労を通過して来られながら、全ての摂理を先頭に立って導いてこられた真の御父母様の大いなる勝利圏があり、2013年に向かって神様の創造理想を完成されようとしながら、相変わらず投入しまた投入されるお父様とともに、内外共に生まれ変わって天を中心とした新しい出発点に立っている我々であるということを感じます。
実体的天一国を実現するためには、真の御父母様の実体復活と共に我々の実体復活を成して内的刷新し、この日を一つの基点としながら天を中心とした大きな勝利圏を中心として、今年残り3ヶ月そして2013年まで4年余りを残すこの時において、大きな出発していくものであります。
この時間各家庭において精誠を捧げる家庭も同じ心情圏で、新しく出発する一人ひとりとして天が祝福し守り導いて下さることをお願い申し上げながら、天の前にお祈り申し上げます。アージュ。
<説教>
天宙統一国開天日の宣布は、1988年10月3日午前10時、6500双の祝福式を行なったメッコール工場で、全世界120カ国を代表した1200名の人々が集まって姉妹血縁式を行なった土台のうえで、世界統一国開天日として7番目の名節として宣布しました。式典は午後1時から翌日早朝2時38分まで、実に14時間近くに及びました。その時真のお父様は、今から新しい出発であるから全世界祝福家庭は1日2食断食して一週間悔い改めの祈祷で新時代を迎えなければならない、などと言われ、世界を代表した姉妹血縁式を行い、統一国の国民として自分の兄弟姉妹以上に親しくしながら、3年に1度は会って交流しなければならない、と教えて下さいました。
この日の歴史的背景としては、10月というのは解放の月であります。真の御父母様も、興南刑務所に2月22日に収監され解放が10月14日であり、西大門刑務所にも7月4日に収監され10月4日に解放されたのであります。それ以外にも様々な内容があります。
1980年のモスクワオリンピックでは、アフガニスタンの侵攻で自由世界が不参加となり、1984年ロサンゼルスオリンピックには共産世界がボイコットしたが、この1988年ソウルオリンピックには160カ国が参加し、それを土台として民主と共産世界が一つになって参加するようになった。
そして全世界の2世圏が、このオリンピックを中心として真の御父母様と一つになったという条件を造るようになりました。顯進様と恩進様もオリンピック選手として参加された。御父母様は選手達をリトルエンジェルス会館などに呼ばれてパーティーを開いたり、メダルを取った選手たちに洋服やプレゼントなどを買ってあげられたりしながら、また、何十台分のトラックのメッコールを振舞われたりしながら、2世圏の選手達と過ごされました。時間があればオリンピック会場にも直接行かれ、このようにして全世界の2世圏が真の御父母様と一つになったという条件を造るようになった。
このオリンピックのメダル獲得数としては、1位ソビエト、2位アメリカ、3位東ドイツ、そして4位に韓国が入った。韓国のメダルは34個獲得し、33数を超え、数理的にも意味深い内容があり、オリンピックを中心として復帰摂理に連結された真の御父母様であった。
真のお父様は、これからは民主と共産が一つになり争いを終わらせ、内的には全世界の国が統一し壁をなくして一つになり、国の統一の出発は韓国と日本が一つになり、アメリカと韓国とドイツとソビエトが一つになり、次にアメリカの基督教と韓国の統一教会が一つになり、キリスト教文化圏とアベル圏が一つになり、自由世界と共産世界、地上と天上が一つになり、摂理史において全ての蕩減復帰過程を終わらせるようになる、というみ言を下さった。
今振り返ってみると、この20年前に語られたみ言が一つ一つ実現してきた。翌89年にはベルリンの壁が崩壊し、8月31日八定式を土台として90年のモスクワ訪問、91年の北朝鮮金日成との出会いによって、南北統一の大きな扉を開いたのであります。
今年2008年は、長成期完成級を越えていく重要な期間であり、孝進様ご昇華とヘリ機事故という、真のご家庭3代圏の大きな苦難があった。それによって2013年までの大きなみ旨を成就するに際し大きな出発の勝利の土台となった。
その後ケーキカットをし、供え物とケーキを皆で食する時間を持った。
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